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義務と義務感

どうもいろいろな行き違いの元は、規則としての義務と心根として義務感の区別がないことから来ているようなきがする。
会社のために、「Pマーク研修を受けるのは義務感をもってあたるべき」というのと「制度としてPマーク研修を受ける義務がある」というのは全く意味が違う。それがごっちゃになっている。
まず、「義務感をもってあたるべき」ものは、本人の意思次第であって、そのように啓蒙していく種類のものなので強制はしてはいけないし強制できない。 「制度としての義務」は心根がなんであろうと義務は義務であって、議論の余地なくやらなければならない。
制度としての義務には、労働契約上の対価があって契約が成立しているので、残業代を支払わないのは違法。 心根としての義務はそもそも、強制力はないので残業代がなくてもそれを行うのかどうかは本人次第でどんなに義務感を持つのがあたりまえのことであっても任意事項。
Pマークという制度上、出席しないと会社が資格をとれないなら、会社の方針を達成するための出席の制度上の義務があるといえる。
心根としての義務感をもつべきことだからといって、制度上の義務を遂行する時間の拘束において労働契約上残業代を支払わないのは違法である。
心根としての義務は必要だろうが、制度であるかぎり労働契約の範囲内のはず。 まったく疑問の余地はない。
義務の意味を都合のいいように曲げて説明されているのが現状だと思う。

追記:
部長が反対されるのを強力に押してくれて、今回は帰社日の就業時間内で行うことになったとのことだった。 通知の文書に時間が記載されていなかったので、てっきり時間外に行うものかと思ってました。 さすが部長。